ゆるふわふじげたんカフェブログ

藤本亮太郎。英語指導して生きています。仕事、プライベート、英語のことについて日頃思ったことを綴っていきます。投稿内容の責任は僕個人に帰属します。インスタはこちら。@koshinkokunihon

チャットGPTに書かせている綿矢りさ風の小説

 

穴瀬ではもう誰も走らない

 

 

 

プロローグ

 

 

 

 

走ると、足音が響く。

だから、走るのをやめた。

 

この村で走っている人を見た記憶がない。

子どもですら、歩く。

正確に言えば、歩かされている感じがある。

足が重いんじゃなくて、何かを踏まないようにしている。

目に見えない何かを。たとえば、誰かの記憶とか、死んだ蛇とか。

 

 

 

わたしはあかり。

高校生。穴瀬村に住んでいる。

穴瀬に「住んでいる」と言うと、何か選択があったような響きになるけど、

生まれてからずっとここにいる。

つまり、「いたまま」なだけ。選んだことはひとつもない。

 

 

 

昨日、ふぢげたんに行ったら、いかたこさんがギターを弾いていた。

いつも同じフレーズを繰り返す。

「着弾しました」っていう言葉が、店の黒板に書いてあって、

それを見て、わたしは「おかえり」と言ったけど、

彼は笑っただけだった。

 

 

 

そうめんさんもいた。

ゾウのマスコットをぎゅっと持っていて、

ふじが「冷蔵庫の音、聞こえましたか?」って変なことを聞いていた。

そうめんさんは、少し首をかしげただけだった。

 

 

 

わたしにはよくわからないことが多い。

でも、わからないことがこの村の“正しさ”なんだと思う。

 

 

 

去年の祭りのあと、誰かが消えた。

みんなは「山の方に引っ越した」って言ってた。

でも、あの山の道は封鎖されているし、

わたしはその人のスマホを、川の底で見た。

 

 

 

あれから、一年が経つ。

穴瀬祭りがまた来る。

みんな準備を始めている。

わたしも、いつの間にか手伝う側にされている。

誰も走らない。だから、わたしも走らない。

 

 

 

でも、もし、走ってしまったら──

何かが変わるのかもしれないと、思っている。

 

 

第一章:わたしは鹿チャンを見ている

 

 

 

 

鹿チャンは、高校のときの友だちだ。

名前は違うけど、みんなそう呼ぶし、本人も訂正しない。

もう卒業していて、大学にも行っていない。というか、どこにも行っていない。

それなのに、制服を着て川辺に座っている。

 

わたしより年上なのに、下級生みたいに見える。

すごく小さいわけじゃないけど、肩幅が狭い。あと、姿勢がまっすぐすぎて、逆に違和感がある。

写真にすると何かが消えてしまうタイプの顔をしている。

きれいだけど、「今ここにいる」という証明にならない感じ。

 

 

 

鹿チャンと話すとき、会話のテンポはすごく遅い。

わたしが3回くらい言い直して、ようやく彼女が「うん」と返す。

うん、の声が小さい。

聞こえたとしても、内容はなかったりする。

 

でも、それでもいいと思っている。

鹿チャンは、いるだけで会話になる。

 

 

 

今日も、橋の下の川べりにいた。

制服のまま、素足で水に足を入れてる。

水は冷たそうで、でも鹿チャンは平気そうだった。

 

 

 

「川、濁ってきたね」とわたしが言った。

 

鹿チャンは、石を指でこすりながら、「……うん」とだけ返した。

それから間があって、「もうすぐ、でしょ」と言った。

もうすぐ、というのはたぶん、祭りのことだと思う。

毎年、9月の終わりにあるやつ。

神様なのか象なのか、よくわからない木彫りのものを引きまわす、不気味なやつ。

 

 

 

鹿チャンは、その祭りに出たことがない。

村にいるのに、出ない。

そのくせ、準備のことにはやたら詳しい。

「今年の山車はちょっと削りすぎた」とか、「去年の提灯、まだ誰かの家にある」とか。

どうして知ってるの? と聞くと、笑うだけ。

 

 

 

たぶん、鹿チャンは村の中にずっといるけど、

私たちとは少しずれたところに住んでるんだと思う。

同じ住所にいて、違う地層に生きてる、みたいな。

 

 

 

そう言えば、中学のときにクラスで「UFO見たことある人」って話題になったとき、

鹿チャンだけ手を挙げなかった。

わたしは見てないけど、見たことあるフリをして挙げた。

でも鹿チャンは、うつむいたまま、何もしなかった。

あとで理由を聞いたら、こう言った。

 

「見たことがあるのって、きっと一回だけじゃないと思うから」

 

意味はわからなかったけど、嘘ではないと思った。

 

 

 

わたしは、鹿チャンのことをずっと見ている。

気になっているとか、好きとか、そういうのともちょっと違う。

観察じゃなくて、確認に近い。

「いること」の確認。

いなくならないように、見てる。

 

でも、鹿チャンの方は、

わたしのことをちゃんと見てない気がする。

 

 

 

それなのに、たまに、

「わたし、今、見られてる」って感覚がある。

 

鹿チャンじゃない鹿チャンに、見られてる感じがする。

 

 

 

それが、こないだの夕方、ほんとうに起きた。

いつもの橋のところに行ったら、鹿チャンがふたりいた。

髪の結び方も、姿勢も、同じだった。

でも、水に足を入れてるのは一人だけで、もう一人は靴のまま立っていた。

 

わたしが目を細めたとき、

立っていた鹿チャンの方が、こっちを向いて笑った。

その瞬間、目が合ったと思ったのに、

次の瞬間にはいなかった。

 

 

 

その話を、誰にもしていない。

たぶん言っても、「見間違い」と言われるか、

「またか」と思われるだけだ。

 

 

 

わたしも、本当はよくわからない。

でも、あれから毎日、鹿チャンを見てしまう。

ふたりに見えるかもしれないから。

そのとき、わたしがどっちを選ぶか、もう決めないといけない気がしてる。